派遣実績(中間報告)
赤池グループ助教
助教 緒方 星陵
所属:東北大学大学院医学系研究科環境医学分野 赤池研究室
渡航先:Max Plank Institute for Polymer Research (ドイツ・マインツ)
受入先:Uladzimir Barayeu (Group leader)
渡航期間:2025年6月1日〜2026年3月31日(予定)
研究課題:タンパク質超硫黄化のメカニズムの解明
私は2025年6月より、ドイツ・マインツにあるMax Planck Institute for Polymer Researchにて、Uladzimir Barayeuが主宰する研究室に留学しています。研究室では、これまで赤池研究室で取り組んできた超硫黄分子に関する研究を継続しており、質量分析の技術を活かして低分子の硫黄代謝物の解析やタンパク質の硫黄修飾解析法の構築を行っています。現在、構築した解析法を用いて、超硫黄分子の合成酵素であるシステイニルtRNA合成酵素(CARS)による翻訳時のタンパク質超硫黄化のメカニズムの解明に焦点を当てて研究を行っています。
また、質量分析装置を用いた超硫黄分子の解析技術を活用し、ヨーロッパ各地のレドックス関連分野の研究者との共同研究も開始しています。様々な研究背景を持つ研究者との共同研究を通じて、超硫黄分子に関する新たな知見や応用可能性が見えてきており、日々刺激を受けながら研究を実施しています。また、最近では所属組織のdirectorであるFrauke Gräterと連携し、質量分析装置を用いたタンパク質におけるDopaやその関連修飾の解析も開始しています。所属組織には、これらの修飾に関する分子シミュレーションを専門とする研究者が多く在籍しており、質量分析と分子シミュレーションを組み合わせたアプローチにより、今後新たな知見が得られるのではないかと思っています。
所属組織内では、年齢や立場に関係なく、誰もが積極的に自分の意見を述べる姿勢が見られ、日々のmeetingやdiscussionから多くの刺激を受けています。研究所全体でも、グループを越えた交流が活発で、そうした中から自然に共同研究が生まれることもあり、研究の幅が広がる環境が整っていると感じます。
今後もこれまでに経験してきた質量分析の技術を基盤として、自身の研究をさらに発展させていきたいと考えています。今回国際先導事業の一環として得たこの貴重な機会を最大限に活かし、引き続き精進して参ります。
赤池グループ医師
所属:東北大学血液内科
期間:2025年4月〜9月
| 派遣先: | Helmholtz Munich, Institute of Metabolism and Cell Death (Prof. Marcus Conrad研究室) |
制御された細胞死には、アポトーシスとは分子機構や形態的特徴が異なる複数の型が含まれることが報告され研究が進められています。中でも、フェロトーシス(Ferroptosis)は鉄介在性脂質酸化依存性細胞死であり、神経変性疾患、各種急性臓器障害、抗がん剤感受性への関与が知られており、世界的に注目を集めています。Marcus Conrad教授はフェロトーシス研究およびレドックスバイオロジーの第一人者であり、Conrad研究室はフェロトーシスの主要な制御因子であるGPX4、ACSL4、FSP1の役割をいずれも世界に先駆けて報告しました。フェロトーシス研究の興隆によりその分子メカニズムの大枠が明らかになる一方、その生理的意義や疾病における役割、さらに治療標的としての介入可能性は未解明です。私は、がんのフェロトーシス感受性を向上させることによる細胞死誘導が治療オプションとなると仮定し、Conrad教授の指導の下研究を行いました。
がん細胞におけるフェロトーシス感受性を向上または誘導させる方法としては、フェロトーシスの最も重要な制御因子GPX4の薬剤的阻害が有効と考えられますが、GPX4のタンパク質構造の問題から臨床使用可能なGPX4化合物の開発は困難とされています。一方で、GPX4に次ぐ第2のフェロトーシス防御機構として報告されたFSP1を標的とした治療が難治性がんの新規治療として期待されています。本研究期間で、ノックアウトマウスおよびノックインマウスを用いた解析とともに、FSP1を標的とした新規治療ツールの開発を進めました。ドイツ国内外の共同研究者との連携によって、フェロトーシス制御に関わる複数の新しい分子経路の可能性を見出しつつあります。
本研究で得られる知見は、酸化ストレス応答や細胞死制御の新しい理解につながるとともに、将来的にはフェロトーシス制御を標的とした創薬研究への展開を目指しています。今後は、得られた成果をもとに学会発表や論文発表を通じて情報発信を行うとともに、東北大学をはじめとする国内研究機関との連携を深化させ、基礎研究から臨床応用への橋渡しを進めていく予定です。
赤池グループ博士課程
博士後期課程3年 山梨 太郎
所属:東北大学工学研究科 魚住研究室
派遣先:ケンブリッジ大学植物科学科(Alex Webb研究室)
渡航期間:2025年4月~2026年3月
研究課題:植物における概日時計依存の環境応答制御機構の解明
2025年4月より、ケンブリッジ大学のAlex Webb研究室に留学させていただいております。Alex Webb研究室は、植物の概日時計研究において概日時計制御の中心遺伝子の制御を実環境における生理応答にまで拡張して研究を進めてきています。
本留学では、植物の概日時計が環境応答に対する感受性を時間依存的に制御する可能性について研究を進めさせていただいております。まず初めに,概日時計の制御下で、活性酸素種(ROS)がどのように蓄積・誘導され、植物の高湿度応答に寄与するかを系の立ち上げから行い解析しています。現在はROSが重要であることまでが示されているため、どの経路・酵素由来のROSであるかの詳細について解析を進めていく予定です。また、カルシウム(Ca²⁺)シグナルの貢献についてもレポーターたんぱく質導入植物の形質転換から進めており、両者が概日時計と協調して環境適応を調節する仕組みを明らかにしていきたいと考えています。
この滞在中にQueen Mary University of LondonのPhilip Eaton教授のもとを訪問させていただき、哺乳類における酸化還元によるシグナル伝達制御研究の最前線に触れる機会をいただきました。Eaton教授とラボメンバーとのディスカッションを通じて、システインの酸化還元状態が哺乳類の環境応答や疾患制御に果たす役割を学び、植物研究におけるROS解析をより広い生物学的視点から再考する大きな刺激となりました。
今後は、概日時計研究とこれまでに得られた知見を融合させ、ROSの蓄積と誘導、およびCa²⁺シグナルが環境適応に果たす共通原理と植物特有のメカニズムを明らかにすることを目指します。このような貴重な研究機会をいただきましたことに、改めて深く感謝申し上げます。